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推理小説のこと
2012-07-31 Tue 16:31
ここ最近は調子がよく、起き上ってパソコンに向かいブログを綴ってみたり、夕方の涼しい時間に散歩にも出かけるようになりました。

でもまだまだ油断をしてはいけないのが私の病状。1ヶ月以上かけて緩やかに上昇しているのですから、完治するにはさらなる時間がかかることでしょう。

色々な人から言われた『気長に』という言葉が胸を占めます。




さて、今回は推理小説について徒然に話をしようと思います。長くなりそうです。




つい先ほど、『ビブリア古書堂の事件手帖3』という文庫本を購入し、読み終えました。メディアワークス文庫から出ている「ビブリオ(本にまつわるという意味)ミステリー」というジャンルに属する本です。




前回の日記を読んでくださった方はおわかりとは思いますが、私は基本的に運動することが好きです。しかしながら、静かにお茶を飲んだり本を読んだりするということも嫌いではありません。むしろ好きなのです。

有名な本はそれなりに読んできたと思います。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』、村上春樹の『ノルウェイの森』、サン・テグジュペリの『星の王子さま』、夏目漱石の『こころ』、古典の『源氏物語』、『とりかえばや物語』や『伊勢物語』も読んできました。本の虫ほど広くも深くもありませんが、それでもあらゆるジャンルに触れることが好きです。




ですが、私が本当に没頭して読むジャンルは推理小説になります。

きっかけは私の姉と江國香織さんの小説でした。

姉は運動はあまり得意ではないものの、賢く、優れた教養があります。論理的な思考を持っているため、仕事ではそれを存分に発揮しているようです。姉本人いわくですが、おそらく本当でしょう。ただ、気まぐれ屋であることが玉に瑕とは思いますが。

そんな姉が好む小説家が江國香織さんでした。正直に言いますと、姉とは結びつかないような気がしていました。彼女の書く小説は、私から見ればどこか情緒的に感じていましたので。ひどい話、「姉に情緒なんてものがあるのだろうか・・・」と本気で思っていた時期もありました。そんな姉が江國香織さんの書く小説を好むなんて俄かには信じられませんでした。




なんだか姉の話になってしまいました。話を戻します。

姉が結婚するにあたって家を出るとき、「自分が持っていた文庫本はあげる」と言われました。もらった文庫本の中には江國香織さんの著書もあり、私はその中で彼女のエッセイである『いくつもの週末』というものを読んだのです。その本には次のような一節がありました。




「いまでは、推理小説がなければ妻生活というものはやっていられない、と思う。マンションに一人でいると、奇妙に孤独でつまらないんだもの。そうするとついいらないことを考える。でも、考えない方がいいこともたくさんあるわけで、そういうとき、かわりに、殺されたマックガーンや失踪したレネイ、誘拐されたジョシュのことを考えていればいいのだ。」(『いくつもの週末』の「公園」より)




実はこの時の私には、自分の持っている病状の兆候があったように思えるのです。

その時の私は、短大から4年制大学に編入して教員の免許の位を上げるか、それとも非常勤講師として働きながら免許の位を上げるか迷っていました。編入するとなると大体が私立しかなく、新たな入学金とか、授業料とか、それなりにお金がかかるものですから。あまり裕福でもないし、親も自営業とは言え高齢だし、姉も出て行ってしまうし、何かが起こってからでは遅いし・・・、となんだかんだで頭を巡らせていました。

そうしていくと、段々と気持ちが暗い方に落ち込んでいき、何でもないのに「淋しい」と思ったり、「泣きたい」と、少しずつ思うようになりました。




そんな時に目に飛び込んできたこの一節。

何故だか、あの時の私にはそれが光明に思えました。「そうか、考えなければいいのだ」と。




そんなことがきっかけで、推理小説を読みふけるようになりました。横溝正史、東野圭吾、アガサ・クリスティ、西村京太郎・・・、片っぱしから読み漁ったように思えます。

そうしているうちに私は親からの後押しもあり4年制大学への編入が決まり、「淋しい・泣きたい」症候群も沈静化していきました。




まさかではありますが、時々、姉は私のことを見抜いてあのエッセイを渡したのではなかろうか、と思うことがあります。先にも言いましたが、あの人は賢く、論理的な思考に長けていますから。まぁ、気まぐれによる偶然という方が可能性としては大きいですが。

でも、あの時の私に救いであったことは間違いではありません。




今現在、結果的にうつ状態になってしまい、活字も見たくないという状態に陥り、療休を経て少しずつ体調を戻しています。

そんな時に「推理小説が読みたい」と思い、事実読みふけってしまうのは、きっと自分の心がまだあやふやで、考えたくない気持ちの表れであるように思います。




ところで、『ビブリオ古書堂の事件手帖』シリーズは今回で3作目、一般の推理小説とは一味違う所が売りです。そんなに重たい読み物でもないとは思うので、興味がある方はぜひ。




・・・ん?ちょっと待てよ。

「推理小説がなければ妻生活はやっていけない」だと?

じゃあ、姉夫婦の家の本棚には・・・。




考えないようにしようっと。




さて、今回の格言は、と。

"When you have eliminated the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth."(Arthur Conan Doyle)
『全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる』(アーサー・コナン・ドイル)

かの有名な『名探偵シャーロック・ホームズ』シリーズの第4段短編集『シャーロックホームズ最後の挨拶』の中の「ブルースパーティントン設計書」より。これだけは暗唱できます。
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