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心と体のバランスが崩れがちな一教師のつづる、バランスを保つためのブログです。
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初心に立ち返ってみる
2013-05-28 Tue 18:13
今日も少し調子が良いので、続けて投稿をします。




さて、タイトルなのですが、昨日久しぶりに高校の時や短大時代の卒業アルバムと共に、教育実習の時に頂いた生徒との写真とメッセージを集めたアルバムを見返していました。




ここで教育実習時のエピソードをご紹介します。長くなりますがお付き合いください。

私の指導教官になってくださった先生は、教育実習生を受け持つのは初めてだったそうです。「何をどうしていいかわからないけど、拙いながらも僕の授業を見てみて。多分君が中学生の時に習ったような英語とは大分様変わりしていると思うから」と照れながら話してくださったのを覚えています。




教育実習というのは3週間あり、最初の1週間は英語の授業は勿論、他の教科の先生の授業を見学したり、受け持つクラス以外の教室や学年を見ることが出来ます。

当時私は19歳(短大の時に教育実習を受けたので、他の大学出身の方々よりも年下でした)、中学校を卒業した4~6年間の間に随分と変わっていて、「えっ、こんなことまで習っているの!?」と驚かされたものです。




2週間目からは指導教官の方が持っている担任業や教科指導を任されます。本当にわからないことだらけだったけど、「何をしても構わないよ」と言ってくださった教官に感謝です。本当にやりたい放題やっていました(笑)

総合の時間も任され、その時は職業調べだったのですが、これがなかなか大変でした。と言うのも「今の子どもって『将来の夢』とかないのかな?」と感じるほど皆が何をしていいのか判らずにてんやわんやだったので、私の両親(前回の日記で自営業と言いましたが、床屋をやっています)の話をして、それでどうにか興味をひかせました。私が今勤務している学校での職業体験の時もそうでしたが、重ね重ねネタになってくれる両親に感謝です。




そして3週間目になるといよいよ研究授業があり、指導教官は勿論、同じ英語科の先生方や違う教科の先生方、副校長先生や校長先生、そして短大での教職指導担当の先生が見に来られます。指導案を書かなければいけないので、英語科の先生方からたくさんアドバイスを頂き、研究授業日の前日まで修正に修正を重ねて書きあげました。

いざ研究授業になった時は異常にしどろもどろになって、生徒達に「先生、大丈夫?」と本気で心配されてしまいました。汗だくだったし。それでも授業が終わったあとの達成感は爽快でしたね。

何とか授業が終わり、放課後に指導教官と短大の教職指導の先生とで総括をしました。偉く緊張していたことを差し引いてもあまり出来が良いとは言えない授業でしたが、それでも伝えたいことは伝わったと言われてホッとしました。




そして3週間目の最後、帰り学活で私は初日に自己紹介をした後に約束した『生徒達の顔とフルネームを覚える』ができたかどうかを試すために、生徒に全員立ってもらい、名前を間違えずに呼べたら座ってもらうということをしました。一人ひとり名前を呼んでいるときにはもう涙声で、全員の名前を間違えずに呼べた時には感無量で「ありがとう」という声が震えました。

すると学級委員の男女二人が立ち上がって、急に廊下に飛び出したかと思えば、花束とアルバムを持って「先生、3週間ありがとう。いい教師になってください」とクラスを代表して言ってくれました。

アルバムを開くと、指導教官が「僕が初めて指導教官を務めた記念になるから写真を撮らせて」と言って撮っていた写真と、写っている生徒のメッセージが張り付けられていました。あの時取っていた写真は私のためだったのかと思うと、今でもその指導教官の先生には感謝してもし足りません。

子どもたちのメッセージはどれも温かいものばかりで、とても嬉しかったです。私は英語の指導で別のクラスに行っている以外はほとんど皆と一緒に居たのに、隠れてメッセージを書いてくれたことに全然気が付きませんでした。「皆はいつの間にこれを書いていたの?先生全然気付かなかったよ」と聞いてみると、「理科や社会の授業中ー!!」という、ほんのちょっとばかし聞き捨てならない答えが返ってきました(笑)

そして全員で「起立、気をつけ、礼!!さようならー!!!」と言って私の教育実習は終わりました。




思い返すと、あの時の私は教育実習という経験を経て『教師』という仕事に魅力を感じていた。天職だとも思えた。

それから生徒達が言っていた『いい教師』とは何だろうと考えて、私は『生徒と真正面から向き合える教師』だという自分なりの答えを出せた。

今はどうだろう。あの時感じた魅力は残っているだろうか。自分なりの『いい教師』に近付けているだろうか。




答えは、否、だ。教師の仕事は、現実は生徒とは関係のない雑務も多く、時には生徒指導や保護者対応に追われる。その中で担任を務めたり、校務分掌をしたり、授業を行ったりしていくのだ。その為の準備をするには24時間では到底足りない。生徒と話す時間も満足にとれない。今の私は、教育実習の時の私からは確実に遠ざかっている。




教師という仕事の現実を知って、日々の活力や自信、心の余裕を失くした。

失くしたことで、うつ病になった。




でも、うつ病になったことで自分の弱点をはっきりと自覚することもできた。

弱点を自覚することで、その為の対策をカウンセラーさんと一緒に考えようと思えるようになった。

休養することで、心の余裕も僅かながら出てきた。

その心の余裕が、『初心に返る』ことだった。

教育実習の時の私と同じにまでとはいかなくても、少しずつあの時の私に近づきたい。

もう一度教壇に立って生徒の顔が見たい。授業がしたい。

そう思えた昨日なのでした。




実は、昨日のことでもう一つエピソードがありますが、今日はもう自分がそろそろ力尽きてしまうし、これを読んでくださっている方々も「いい加減長い」とお感じになってしまうでしょうから、本日はここまでで。




さて、今回の格言はこのお方から。

"Even though we face the difficulties of today and tomorrow,I still have a dream."(Martin Luther King, Jr)
『我々には、今日も明日も困難が待ち受けているのだとしても、私には夢がある。』(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア)

"I Have a Dream."というこの人のスピーチを聞いたことがある人は多いでしょう。私が中学生の時に使っていた『NEW CROWN』(三省堂より出版)という教科書に、この方についてのことが書いてありました。アメリカの歴史を語る上で欠かせない人物の一人ですね。夢を追い続けることは尊い事だし、それを実現できることは偉大だと思います。

余談ですが、英語の教科書の中では『NEW CROWN』が内容的にも個人的に好きです(笑)
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決断させてくれたことに感謝
2013-05-27 Mon 06:13
ただいま朝の5時46分。めざましテレビ観ながらこの日記を書いています。




さて、何を決断したかというと、「療休」から「休職」にすることにしました。

今日がその手続きの受理がされる(はず)の日です。




ここ最近は天気が良い日も続いたので、比較的よく動いていたのではないかと思います。

両親は自営業で共働きです。なので、掃除機をかけるとか、洗濯をするとか、布団を干すとか、家で出来る限りの家事は私が引き受けることにしました。たまに料理も作ったりします。

これはカウンセラーさんからアドバイスされた、いわゆる「行動療法」の一つで、家事をすることで「次に何をするといいだろうか」という見通しを立てたり、効率を考えたりする訓練に役立つのだそうです。




でも、たまに母にダメ出しをされることがあると、ちょっとへこみます。「あぁ、こうすればよかったのか」とか、「何でこうしなかったんだろう」とか自己嫌悪に陥ることがあります。

それでも、母は「まぁ、追い追い覚えていけばいいんじゃないの?今まではあんたも朝から夜遅くまで大学にこもってたり仕事してたりしてたから私一人でやってたし。今は今で随分助かっているし」という励ましの言葉を入れてくれるようになりました。正直、昔では考えられなかった(苦笑)うつの症状のことを母なりに理解してくれているからこその変化かなと思います。

父は父で、寡黙なところがあるので何を考えているのかはわからないものの、「お前の好きにすればいいよ」と一言ぽつりと言ってくれています。

家族のサポートがあることは大変ありがたい事です。「休職」をすることで色々迷惑はかけると思いますが、改めて感謝です。




最近ご無沙汰だった格言をば。

"He is the happiest, be he king or peasant, who finds peace in his home."(Johann Wolfgang von Goethe)
『国王であれ、農民であれ、家庭に平和を見いだせる者が、もっとも幸せである。』(ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)

ゲーテと言えば詩人として有名ですが、作品自体はあまりよく知りません。確かシューベルトの『魔王』や『野ばら』が有名だったような。どんな生涯を送った人なのかは後で調べてみましょう。
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映画『ツレがうつになりまして。』を観てみた
2013-05-14 Tue 22:26
久方ぶりにまたブログを書いています。




先ほど、初めて『ツレがうつになりまして。』を観ました。

なんとなく、うつである自分自身を見る気がして怖くて、映画も原作も目を通さなかったのですが、やはり主演である宮崎あおいさんと堺雅人さんが好きなので観てしまいました。




結論から言うと、観て良かった。とても良かった。

堺雅人さん演じる「ツレ」の感じが、僭越ながら1年前の私と今の私に重なりました。

気分が良かったり悪かったり、振り子のように振れる私。

布団に籠る、亀のような私。

本当に「自分」を見ているみたいでした。




宮崎あおいさん演じる「ハルさん」は、そんな夫を試行錯誤しながら支えていてとても可愛いく好感が持て、うつを患っている人のそばに居る人間の気持ちを代弁してくれていました。

「ツレ」の発言や行動に戸惑ったり、怒ったり、泣いたり、笑ったり。始終表情豊かでありました。




実はこの映画を母と一緒に観ていたのですが、「あんたもこういう気分になったりしたし、今でもするの?」と聞かれたり、「あんな満員電車に乗ることもあるの?」と聞かれたりしました。

私はそれに対して事実をありのままに話しました。実際、"消えちゃいたい"とか、"楽になりたい"とは思ったし、今でも思うことはあるし、満員電車にも毎日乗っていました(「ツレ」さんほど長い時間ではないですが)。

最初は"母お得意の邪推かな?"と思ったのですが、そんな考えは母の表情を見てすぐ消えました。

とても真剣だった。いつも脳トレの為にやっているナンプレ時と同じくらい。

実は母は脳内出血を一度経験しているので、その影響で脳の衰えが人より早いのです。なので脳トレはその進行を防ぐためにも欠かさずやっているのです。

自分の一大事と同じように、私のうつ病のことを考えてくれている。そう思えました。




ありがとう、お母さん。昨日母の日でも言いましたが、もう一度後で言っておこう。

ありがとう。




この映画や原作は、出来れば多くの人の目に触れてもらえればいいなと思います。うつ病というのはどういうものか、どんなことをしてみればいいのか、あるいはしなくてもいいのか。うつ病患者の人、その周りの人、さらにその周りの人の言葉や出来事、気持ちがわかると思います。
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