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心と体のバランスが崩れがちな一教師のつづる、バランスを保つためのブログです。
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手を振り払われた感覚
2013-03-15 Fri 18:07
今日は臨時的に予約したカウンセリングの日でした。




2月末に体調を崩して以来、そこから見る見るうちに心身ともに弱っていきました。

猛烈な吐き気、金縛りにでもあったかのような体の強張り、そして内に燻ぶる悲愴・焦燥。

体勢をなかなか立て直せず、職場に行けたり行けなかったりしています。




カウンセリングは私の本質の話についてでした。

以前の日記にも書きましたが、私は嫌とは言えず、あまり人に頼ろうとしない傾向があります。

今回はその「人に頼ろうとしない」というところがクローズアップされました。




そもそも何故「人に頼ろうとしない」のか。

ゆっくりでいいから考えてみましょうと言われました。




「頼ろう」としたときにどんな感情が生まれるか。

それは緊張と恐怖。




ではその感情を台詞にするとどうなるか。

それは「頼ってもいいかな」「大丈夫かな」。




そこでふと感じたのが、『振り払われる感覚』でした。




何故「人に頼ろうとしない」のか。

それは感情の先読みで、大袈裟に言ってしまえば「頼ろうと手を伸ばしたら、きっと振り払われるにきまっている」と思っているんです。




では、実際に職場でそんなことがあったか。




思い当たる節はある。




去年、私がまだ初任だった頃。

研修の日をすっかり忘れてしまっていて、慌てて準備をしていました。

その日は持っていく資料として、学校が保管している指導要領が必要だったんです。

でもどうしても見つからず、いろいろな先生に聞いても誰もわからず。

そこで一昨年初任で、去年2年目だった先生に聞いたときに。

「あー、ごめん、わかんないや。あの研修は出ておかないとまずいよ?頑張りな。」

と言われたんです。




勿論その言葉に悪意は全くありません。その先生は個別指導の担任の先生で、個別指導英語担当の私には本当に良くしてくださいます。




ただ、あの時の精神状態でこの言葉を聞いた時の私を今分析すると、はっきりと『手を振り払われた』と思っているんです。今でも、この言葉を頭で反芻するたびに胸が締め付けられるような感覚になります。




無意識に助けを求めていた。でもそれを言葉にしていなかった。態度にも出していなかった。

だから相手はSOSサインだと思わなかった。

無意識に出していたSOSサインを無視されたと勝手に思い、私は「だったら初めから手を伸ばさなければ、こんな悲しい思いをしなくても済む」と自己完結をしてしまった。

というのが今日カウンセラーさんと出した結論でした。




以前にもこういうことはあったかというと、似たような出来事はあったような気がします。

そういった意味では私はコミュニケーション能力不足が否めませんが、これもまた己自身であると少しずつ認識して受け入れていきましょう、と言われました。

自分はそういうものなんだ。そういう一面もあるんだ。

少しずつでも受け入れていこう。自分を否定したらいかん。




次回のカウンセリングではこの続きを踏まえたものになるのかな。
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